ほかの男の子と話しているところを彼が目撃？
嫉妬した様子の【彼】がとった行動は――。
～八木沢雪広編～

「………………」

目の前で、彼女はとても楽しそうに土浦くんと話をしていた。時折、土浦くんは彼女を小突き、彼女は今まで見たこともないような笑顔を土浦くんに向ける。

（……僕の前で、あんな顔をしていたことがあっただろうか？）

心の中が重くなったような気がして、僕は音楽室の前から踵を返した。
すぐに背後から足音が追いかけてきた。
振り向くと、どうやら僕に気づいたらしい彼女が、僕のほうへと駆け寄ってくるところだった。

「……っ！」

途端、羞恥がこみ上げてきて、思わず顔を伏せてしまう。

彼女が、手を掴んできた。どうしたのか……と。だが、顔を上げられなかった。
これは、嫉妬なのだと自覚したからだ。

「す、すみません。見ないでくださいますか？」

背中越しに、彼女が戸惑う気配が伝わってくる。

（……ああ、こんな自分勝手に、彼女を不安にさせては駄目だ）

僕は心を決めると、ゆっくりと彼女を振り返った。

「……すみません。今、僕はとてもみっともない顔をしているでしょう」

彼女は、びっくりしたように目を丸くする。

（僕は、淋しくなったんです。あなたが土浦くんに向けていた笑顔を見て。これは……嫉妬です）

なんて身勝手な感情。不甲斐ないのは、彼女にあんな笑顔をもたらせられない自分のほうのはずだ。

（あなたが誰に笑顔を向けようと、それはあなたの自由なのに）

心の中の醜い感情を告白するには勇気が必要だ。でも、彼女には正直でありたい。

「僕は……傲慢ですね。あなたと一番親しい相手が自分でないことが受け容れられない」

自分の中の、暗い感情を恥じた。呆れられ、嫌われることを覚悟した。
だが、彼女はゆっくりと首を振った。

「小日向さん……」

そんなことない……そう言われて、僕は息を呑んだ。さらに彼女は、うつむく僕の手を取り、そっと包み込んだ。やわらかい笑顔で。
胸の中の淀みが、すぅっと消え失せてゆくのを感じた。

「……ありがとうございます」

お礼を言うと、花のような顔がまたほころぶ。
自分の未熟さで彼女を振り回してしまっただけなのに。彼女はただ、許してくれただけなのに。結果、彼女の微笑みにふれられたことに、こみ上げてきたのは、また、身勝手な安堵だった。