ささいなことがきっかけで喧嘩をしてしまった！
【彼】なら仲直りのきっかけをどう作る？
～東金千秋編～

『喧嘩なんかして、あの子、誰かに盗られたらどうするん？』

そんな蓬生の言葉に後押しされたわけじゃないが、俺は放課後、ひとり教室に残る地味子の元を訪れた。

「おい、地味子」

声をかけると、小さなシルエットがこちらを振り返る。
そして『地味子』じゃないと、頬を膨らませながら反論をしてきた。

「地味子は地味子だろう。文句があるなら、華のある音を出してみるんだな」

いつもの軽口を叩くが、地味子は真一文字に口を結んで、うつむいてしまう。その仕草がどこか悲しげに見えて、今まで心の中にわだかまっていたもの……意地だとかとげとげした想いだとかが消えていくのを感じた。

「……地味子」

俺は地味子に歩み寄り、頭に手を回してそっと胸の中に抱き寄せる。

「そんな顔をするな。調子が狂う」

腕の中から、そんな顔をさせてるのは誰かと小さな反論が返ってくる。

「……そうだな。俺だな」

俺は少し笑った。そんな場合じゃないというのに、彼女に何らかの感情を与えているのが自分であることが嬉しい。
地味子は顔を上げ、何を笑っているのかと聞いてくる。

「怒るなら、いくらでも怒るがいいさ。その代わり、お前は俺にだけ怒れ」

俺の言葉に、大きな目が丸くなる。

「泣くのも、笑うのも、俺のためだけにしろ。いいな？」

地味子はしばし言葉を失った後、横暴だと苦笑した。

「なんとでも言え。お前の全ては俺のものだ」

断言すると、地味子はきょとんとした顔をする。
（……本気で言ったんだがな）
それでも、悲しげな顔が消えたことに、少し安堵する。

「なあ、地味子。このあと、音を合わせないか？　……そろそろ『地味子』を返上してくれるだろう？」

俺が挑発的に尋ねると、地味子はにこっと笑って、もちろんだとうなずく。

「よし、そうこなくっちゃな」

俺は満足して笑い返した。