忙しくて時間が取れないある日、【彼】から
あなたに電話が！　どんな言葉をかけてくれた？
～吉羅暁彦編～

楽器庫の整理をしていた「僕」は、楽器の中から出てきた異物に顔をしかめた。

「……電話？」

どう見ても楽器には見えない。古いダイヤル式の黒電話だ。

「……ファータのマジックアイテムの類いか？」

ファータに関わると碌なことがない。無視を決め込もうとしたが、その時、電話の下に何か紙があるのを見つけた。
そこには、こう書いてあった。

『一番、話をしたい相手に繋がります』

うさんくさい。思わず眉間にしわが寄る。けれど、頭の片隅に彼女の顔が思い浮かんでしまった。
ここのところ、彼女は忙しく走り回っていた。少し頑張り過ぎなのではないかと危惧していたが、注意する暇もない。
ファータに関わると碌なことがない、が……。

（……何か不都合なことが起きたとしても、対象は電話を使う僕だけだろう）

覚悟を決めて、受話器を持ち上げる。
指をダイヤルに載せると、勝手に指先が動き、とある番号を回す。
受話器に耳を当てると、コール音がした。
やがて、電話が繋がり、もしもし……と彼女の声が聞こえてくる。

「……ああ、日野君。少しいいかな？」

彼女は突然の電話に驚きながらも、大丈夫ですと答えた。

「それは結構。では、まず深呼吸したまえ」

え……とびっくりする声が響いてくる。きっと、電話の向こうで目を丸くしているのだろう。その姿がありありと想像できて、思わず笑みがこぼれた。

「いいから、深呼吸したまえ」

彼女が、僕の言葉に従って、深呼吸をする気配が伝わってきた。

「少し頭がクリアになったかな？」

僕は小さく笑って、続けた。

「君が今、大変な状況に置かれているのは知っているよ。だが、忙しさにかまけて、大事なことを忘れている。……十分な休息を得ることだ。身体や心に疲れが残っていては、効率が落ちる。時には、一旦立ち止まって、今のように深呼吸したまえ。その時間を作るために、君をフォローするのはやぶさかではない」

そこで僕は、咳払いをひとつした。

「……もっとも、君が僕を頼りにしてくれれば……だがね」

電話の向こうで彼女が息を呑む気配がした。
そして、ありがとうございますと感謝の言葉が聞こえてくる。

「よろしい。では、今すぐ楽譜庫に来るように。今後の対策を練ろう」

僕の言葉に彼女が答える。その返事に満足して僕は電話を切った。